その認知症は本当に認知症?

94歳の女性、もともとは大学病院に通院していました。

しかし、高齢のため徐々にADLが低下し、通院困難となり介護度が5となってしまい、当院に訪問診療の依頼が来ました。ご家族の話によると、前医からは「認知症で、現在ターミナルである」とも告げられたそうです。さっそく訪問に伺うと、患者さんは顔面蒼白でごく簡単な労作でも息切れを起している状況でした。血液検査を施行すると、ヘモグロビンが5.3g/dl、MCV(赤血球の大きさ)が63であり、著しい鉄欠乏性貧血を起こしていました。その後詳しくお話を聞いたところ、過去に胃癌の手術歴があり、鉄とビタミンの吸収障害を起している状態でした。鉄剤などの投与をしたところ、わずか数週間のうちに患者さんは元気になり、認知症状も大きく改善いたしました。また、ADLも改善し、少しではありますが独歩可能となりました。もちろん「ターミナル」でも、認知症でもなく、結果的には鉄欠乏性貧血に伴う認知機能の低下、慢性心不全であったと診断いたしました。

このように、「認知症」と診断された方の中にも実際には内科的な病気で認知症と似たような症状を起すことがあります。しかし、これらはいわゆる「治る認知症」です。今回のケースは鉄欠乏性貧血でしたが、これ以外にも、甲状腺機能低下症、電解質異常、副腎機能低下症、慢性硬膜下血種、正常圧水頭症、ビタミンB1欠乏症、高アンモニア血症、うつ病、脳梗塞、膠原病、など認知症と類似の症状を呈する病気があります。このような病気はきちんと認知症と区別し対応することが求められます。また、患者さんの立場からすると「精神科」と「内科」のように科を分けることにはあまり意味がなく、総合的に診てくれる医師を求めているのではないでしょうか。当院では精神科と内科の両方の側面から患者さんを診察することでより良い診断や治療を提供できると考えています。認知機能の低下を認めた場合であっても、それは本当に認知症であるのかどうかよく考えなければなりません。

内服薬が原因で問題行動が起こることもあります。

地域のケアマネージャーさんから紹介いただいた80歳代の男性の患者様です。

主訴は被害妄想や暴言・暴力があって家族が対応できないとのことでした。生活は妻と息子様の3人暮らしでキーパーソンは息子様でした。約10年前から認知機能の低下を指摘されていたものの、比較的お元気で最近まで無治療でした。ところが、最近になり認知機能の低下が一層激しくなり、同時に暴言・暴力が激しくなりました。どう対応していいのかわからない息子様はお父様(ご本人様)を自宅で縄で縛りあげるなどしてお父様からの暴力に抵抗していました。しかし、あまりの暴力に困って地域包括支援センターに息子様が相談したところ、当院を紹介され、訪問診療として介入することになりました。当初の診察時の様子は、興奮著しく、体中にご家族との間の格闘の跡がありました。息子様によくよくお話を伺うと、実はお父様に対して「認知症が少しでもよくなればと思って、近医に(一人で)相談に行き認知症の内服薬の処方を受けた。それを内服させたらますます暴力や興奮がひどくなった。」とのことでした。認知症と認知症に伴う周辺症状と診断し、興奮の原因となっている内服薬を服用を中止してもらいました。また、少量の向精神薬を投薬したところ、速やかに暴言・暴力・興奮・被害妄想は消失し、数か月後に元の穏やかなお父様に戻りました。食事も落ち着いて取れるようになり、体調も改善しました。

本例は、認知症に対する治療薬の副作用でかえって興奮・暴力行為がエスカレートしたと推測されるケースです。薬にはメリットとデメリットがあります。また、お体に合う/合わないがあります。当然、無診察での処方は禁じられていますが、一方で、実際には病状のため、病院やクリニックまで通院できない患者様がいるのも事実です。訪問診療では必ず実際にご本人様を診察いたします。やはり、患者様を十分に観察することの重要性を再認識させられるケースです。

世帯単位で診療することは時に必要

親子2人を合わせて診察してもらいたいというケースです。

患者様はアルツハイマー型認知症で長谷川式にて5点程度の80歳代のお母様と、60歳代の統合失調症慢性期の息子様で、お二人が同居されているケースです。お母様の介護度は5で、坐位は保てるもののほとんどすべての動作に介助が必要な状況でした。息子様は陰性症状が主であり、毎日無為に生活しているような状況でした。お母様の認知症の進行により、次第に生活が荒廃していったようです。家の中はゴミが溜まり、雨漏りや小動物が出現するようになりました。地域包括支援センターから、生活全般の立て直しを目的に当院の訪問診療の依頼が入りました。当初は家の中が荒れていて、立ち入るのも難しい状況での訪問でした。しかし、幸いにして息子様には拒否はなく、こちらからの話しかけに対して一定程度の理解をして下さる方でした。そこで、少しずつではありますが、息子様に対して生活環境の改善に向けて具体的で分かりやすい指導をひとつずつしていきました。また、お母様の介護に対しても一種の作業療法的に説明を続けました。その後徐々にお二人の生活環境は改善していき、数か月後には、介護保険や行政に大きく依存することもなく、食事、内服、金銭管理も含めお二人で自律した生活を達成されました。また、ゴミ問題や雨漏り、汚物が床にまき散らされているという状況も改善いたしました。

確かに患者さんひとりひとりは別人格ですが、在宅療養上の計画を立てる場合には生活共同体として捉えることも時に必要であると考えています。このケースのように、たとえ精神疾患のあるご家族様であっても適切な指導がなされれば、自分の役割を自覚していただき二人での生活の維持に大きく貢献できる場合もあります。「できないこと」に注目しすぎるのでなく、「何ができるか/できそうか」に着目することで、適切かつ効果的な社会資源の利用につなげられると考えています。本例のように上手くいく例ばかりではありませんが、患者さんに内在するストロングポイントを発見し、いかにそれを引き出すのかが訪問診療の鍵であるような気がいたします。

暴言・暴力は多くの場合改善できます。

区のケースワーカーからご紹介いただいた70歳代の男性患者様です。

区役所などに鈍器をもって支離滅裂・意味不明な内容で怒鳴りにいくことが度々あったため、以前から精神疾患が疑われていたようです。しかし、ご本人様には病識がなく医療機関を受診する意思もないため長期間無治療となっていたようです。しかし、次第に行動がエスカレートしたため訪問診療にて問題行動に対応してくれるクリニックはないかということで当院の訪問診療に依頼が来ました。初診時の様子は明らかな被害妄想・多弁・興奮を認め会話は困難で怒気を荒げている状況した。一方、家の中はごみが散乱し生活は荒廃していました。統合失調症と診断いたしましたが、当初は内服治療が開始できるような状況ではありませんでした。内服治療を安定的に行うためには、ご本人様にまず当院を信頼していただくことが必要と考えました。ご本人様がお困りであった生活をサポートするために、地域の訪問看護ステーションさんや介護事業所の方々、薬剤師さんにご協力いただきました。以前は話し相手もいなく、外出先もないことを被害的に捉えていましたが、薬剤師さんが丁寧に内服について説明してくださり、また、デイサービスに通うようになると自発的に内服加療を受け入れるようになりました。介入から数か月経ち、興奮や被害妄想は著明に改善いたしました。現在はデイサービスにも問題なく通うことができるようになり、安定的な加療が行えています。

本例のように被害妄想のある患者さんの場合には対応困難となることも少なくありません。介入の糸口を見つけるためには、まずはその方の生活全体の把握が必要不可欠です。妄想があるからといって強制的に介入すると、かえって患者さんからの信頼を損なう危険があります。患者さんとの対立はなるべく避けつつ、ご本人様が受け入れ可能な形からの治療介入には入念な準備・対策が必要であることが多いです。このため、多職種・多事業所を巻き込んだチームで対応することが速やで安定的な治療につながります。本例を通して地域の皆様との連携を通じた生活全般のサポートが重要であると再認識されられました。ご協力いただきました皆様にこの場を借りて感謝申し上げたいと思います。

自宅でも輸血はできるんです。

某大学病院からご紹介いただいた患者様です。

病名は本態性血小板血症から骨髄線維症に移行し、赤血球の輸血依存状態であった方です。末梢血中にも芽球が出現し始め、白血病への移行期でした。大学病院で病名告知され、長くはないことを悟り最期は自宅で迎えたいとのご希望から、自宅で輸血のできる訪問診療のクリニックを探され当院の訪問診療開始となりました。生活はご夫婦二人暮らしで、キーパーソンは奥様でした。ケアマネージャーさんに退院直後にご自宅で担当者会議を開いていただき、今後起こりうるだろうことを説明もうしあげました。その後、自宅での定期的な輸血が始まりました。ご本人様からは「自宅で大学病院と同じく輸血できるなんて、待ち時間や通う負担を考えると助かる」とご評価いただきました。最初は月に2回程度の輸血でしたが、徐々に病状の進行とともにADLの低下や輸血依存性が増し、次第に週1回の輸血となっていきました。また、時折白血病による免疫不全のため肺炎を合併したため、その都度抗生剤の点滴などをしておりました。しかしそれでもご本人様はいつも笑顔と冗談を交えてお話くださり、「(自宅で)母ちゃん(妻)といっしょでよかった」とおっしゃっていました。約半年の経過ののち、白血病の増悪のため、ご家族様とともに自宅で最期を迎えられました。

在宅で輸血を実施できるだけの社会的な基盤はまだ十分ではありませんが、輸血依存状態の患者様の通院負担が少しでも減るように当院が貢献できればと思っております。亡くなられた患者様にご冥福を申し上げます。